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カイロプラクティック神経学(3)
カイロプラクティックの基本原則はトーンである
The principle of chiropractic is tone

(スパイナルコラム誌2000年9‐11月号)
増田 裕、DC

芭蕉の言葉に「不易流行」がある。不易とは変わらぬ真理、流行とは時代の動きのことである。不変と変化。この対立する視点を芭蕉は大事にした。カイロプラクティックにとって「不易」とは何だろうか?「流行」とは何だろうか?

まず、「流行」という点について考えると、これは簡単である。最先端の科学的知見を取り入れて臨床科学としてのカイロプラクティックの内容を豊かにすること、これである。指摘するのは簡単だが、その仕事は簡単ではない。DDパーマーの私家蔵書は当時のどの医学部の図書館の蔵書数を上回るほど充実していた。つまり、カイロプラクティックの創始者は当時の医学文献に精通していた。サブラクセイションという概念にしても彼の独創ではなく、当時の医学文献に頻出していたこの言葉をカイロプラクティックの概念に鍛え直したのである。出自からしてカイロプラクティックは「流行」の最先端知見を取り入れていた。顧みると、カイロプラクティックの魂は2つある。ひとつの魂は自然治癒の哲学、もうひとつの魂は西洋医学の分析知である。

ところで西洋医学の分析知の核となるものとしてカイロプラクティックが選択してきたものは何か? それは同じく2つある。ひとつは神経学、もうひとつは生体工学(バイオメカニックス)である。サブラクセイションの主な構成要素がバイオメカニックスと神経学であることからもこのことは容易に見て取れる。バイオメカニックスはカイロプラクティックの独壇場である。最新の成果を取り入れてどんどん発展している。アメリカでは開業権を持つ理学療法士がこの分野で強力な競争相手となっている州もあるようだが、バイオメカニックスに強いというカイロプラクティックの立場は揺らぐまい。

問題は神経学の視点である。日本のカイロプラクティック教育で不十分なのはこの分野である。驚くべきことに神経学を教えない学校もなかにはあるし、教える学校でも基礎的なことを教えているだけである。これにはアメリカの事情もある。本場のアメリカでも、臨床としてのカイロプラクティック神経学は未発達の分野だった。上部頸椎派による粗野な脊髄圧迫理論やフルスパイン派のセグメント次元のメリックシステム的アプローチがあっただけである。ガンステッドの方法論もこの亜種である。SOTのカテゴリー?の神経学は全面的に論じられず一般的とならなかった。カイロプラクティック筋膜療法の父であるニモは神経の働きを強調していたが、軟組織のアプローチから主流になれなかった。その後、カイロプラクティックはオステオパシーの生理学者コールの脊髄反射理論や促通理論を取り込んでもいるが、ともかく遅れた感じは否めない。ホームウッドの『椎骨サブラクセイションにおける神経力学』という古典的名著があるが、こうした神経学のダイナミックスを論じた理論書は後にも先にもこのくらいである。

実際、多くの臨床の現場では神経の働きはイネートインテリジェンスの名のもとにブラックスボックスに入れられてしまったのである。神経学が大事だ大事だと言われながら、実際は念仏同然となった。それにつれて、カイロプラクティックは構造のゆがみをとる専門職に特化した。ポキポキであろうが、パチンパチンであろうが、はたまた音なしのブロックであろうが、やり方は違うが、構造のゆがみをとるという点では一致する! 外科手術ではない「徒手手術」による矯正。極端な場合、整形外科医との違いは方法論だけになる。

バイオメカニックスは構造の視点であるが、神経学は機能の視点である。そこで、カイロプラクティックの「不易」を考えてみると、やはり、偉大な人の古典には今日にも生かす言葉が記されている。DDは述べている。「カイロプラクティックの基本原則はトーンである」。「病気はこのトーンが過剰になったり過少になったりして起こる」。「大半の病気はこのトーンが過剰になった場合に生じる」。トーンとは神経の正常な緊張の謂いである。

ここにはサブラクセイションもなければイネートインテリジェンスもない。あるのはただトーンである。キーワードとしてのトーン。カイロプラクティックの創始者は人体の機能を論じていたのである。その至高のシステムとしての神経の働きに着目していた。神経の働きが過剰になったり過少になったりすると病気になる。健康の回復はこの神経の働きを正常に戻すことである。当時の神経学と今日の神経学では細部はずいぶん異なる。DD時代の神経は電線の配線のように連続しているものと考えられたが、その後の神経学は神経細胞がいくつにもシナプスをして隣り合う回路を形成すると考えた。このような違いがあるものの、その着眼点は今も生きている。このように「不易」とは神経学の視点である。

ところで、話をかなり先に進めると、神経のトーンを矯正することが目的なら方法論はかなり広がるはずである。私は卒後のカイロプラクティック神経学(総計390時間)を研修中で、先月7月で300時間を終了しているが、このプログラムの開発者であるDr.Carrickは神経トーンの傷害は必ずしもサブラクセイションと一致しないと明言している。これはかなり踏み込んだ意見で、従来、サブラクセイションをみつけ矯正することをカイロプラクティックの仕事だと思っておられた方には驚天動地のことだと思うが、DDの発想を生かすとすれば、別段的外れなことではない。DDの教えにひたすら忠実であると言うこともできる。DDの著述の中にはサブラクセイションは「結果であって原因ではない」という言説もある。サブラクセイションの原因には外傷、毒、自己暗示が指摘されている。天才は指摘するだけだが、弟子たちはその理論付けに苦労した。なぜ、毒や自己暗示がサブラクセイションを生じさせるのか。その神経の機序は何か。これもブラックボックスの中である。

21世紀のカイロプラクティックはこのブラックボックスを理論的臨床的に解明しなくてはならないだろう。構造から機能への視点の転換である。命懸けの飛躍。跳べ!ここがロドス島だ! ここから新たなカイロプラクティックの地平が拓かれるだろう。次の点が大事になる。神経は受容器に依存した感覚−中枢−運動の閉じられた回路である。この回路の中の神経細胞に傷害があれば、回路のトーンが異常となる。神経細胞の機能的傷害は2種類あり、静止膜電位が閾値に近くなり興奮しやすくなる状態、逆に閾値から遠ざかり興奮しにくくなる状態がある。病理的には血管性傷害などから機能が低下して神経の興奮が低下する状態がある。あるいは局所的には発作のように神経機能が亢進する場合もある。いずれにしても、カイロプラクターの仕事はこの神経細胞の静止膜電位の異常な部位を見つけて、そこへ適切な受容器の刺激を与えることである。伝統的なカイロプラクティックにとって最も大事な受容器は関節の機械的刺激受容器と骨格筋の筋紡錘とゴルジ腱器官であった。これらの受容器を刺激して同側の小脳か対側の大脳を賦活して神経系の働きを正常にさせたのである。神経圧迫はあるにはあるが、それは例外的で、カイロプラクティックのアジャストメントは神経回路に的確な刺激を与えて神経のトーンを正常に戻すことであった。受容器には視覚、聴覚、味覚、嗅覚、平衡覚、固有感覚、認識などさまざまな種類(modalities)がある。これらを応用することもできる。実際、Dr.Carrickは多種多様な、しかしその患者に必要で不可欠な感覚刺激を用いている。

神経細胞を正常に働かせるためにはその生存条件の維持が大切である。今述べた刺激による賦活に加えて、燃料(酸素とグルコース)の供給がある。これは外呼吸と栄養という人体外部からの摂取だけでなく、内呼吸・消化吸収という体内の自律神経機能と関係する。次回から、臨床例をまじえながら、これらの点を逐次論じていきたい。

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