Last update 03.7.9
カイロプラクティック神経学(4)
診断とテクニック Diagnosis and Technique

(スパイナルコラム誌2000年11‐12月号))
増田 裕、DC

本年9月28‐30日の3日間、アメリカのサンディエゴでカイロプラクティック神経学の学位取得試験を受けてきた。受験者の数は全部で78名、ほとんどがアメリカ人のドクターだが、日本から4名、韓国から3名、ヨーロッパから数名の参加があった。このプログラムはDr.Carrickが事実上主宰するDCの卒後プログラムで、300時間の履修が受験資格となる。

筆記試験が12時間、実技試験が1時間の合計13時間で、知力、気力だけでなく体力も勝負となる試験であった。合否の通知は12月頃になるが、合格率は例年30%と厳しい。私の感じでは実技試験はパス、筆記試験(一部の選択式問題を除けば全て記述試験。もちろん英語である)はボーダーライン上。滑り込みセーフはありやなしや、どうやらむずかしいかなという印象だ。合格ラインは80%の正解率である。まあ今年駄目なら来年目指してまた勉強すればよい。

このプログラムを2年以上勉強して、カイロプラクティックに対する考えがすっかり変わってしまった。従来のカイロプラクティックといえば、「サブラクセイションを見つけ矯正し後はほっておきなさい」というものである。サブラクセイションを矯正したらあとはイネートインテリジェンスが働くから、なりゆきにまかせなさい。これを私はイネートインテリジェンス「ケセラセラ」論と呼ぶ。神経学は説明と解釈のためにだけ必要となる。

しかし、神経学は診断、治療、再検査の不可欠の柱である。このことをカイロプラクティック神経学の履修のなかでしっかり学んだ。私のオフィスの中からその数例を紹介しよう。

これはカイロジャーナル誌にも掲載したところであるが、本誌では詳細に報告する。本年7月下旬に25歳の女性が母親を伴って来院した。当院の患者さんの紹介である。愁訴は歩行困難。待合室から治療室に入ってくる時もよろよろしてあぶない。発症は1999年の11月、突然脚に力が入らず歩けなくなった。仕事中に脚がガクガクしだしめまいが起きた。夜足が痛くて眠れない。地元の大病院の整形外科で間欠性跛行を疑われMRIを撮るも異常は認められなかった。循環器科に回されて血管造影を撮るも病理と言われるほどの血流不全は認められなかった。結局この病院では原因がわからずもうひとつの病院の心療内科に紹介されて、そこで精神安定剤を処方されて今日に至る。仕事は止めた。これが簡単な病気の経過である。

まず下肢の筋力検査を行う。中殿筋、大腿筋膜張筋、大腰筋、梨状筋、長母指伸筋、大腿四頭筋、大殿筋、ハムストリング筋、膝窩筋、前脛骨筋、緋骨筋、後脛筋は左右いずれも段階5で正常である。以上から下位運動ニューロン(LMN)の傷害の可能性はない。念のため、下肢伸展挙上検査(SLR)を行うが異常は認められない。

そこで上位運動ニューロン(UMN)の傷害の可能性が疑われる。顔を観察すると、両側の眼瞼痙攣がある。とくに左側が顕著である。こうした自然発火的運動(spontaneous movement)は神経細胞の静止膜電位が閾値に接近して活動電位を起こしやすくなっていることの証左である。つまり神経横断変性transneural degenerationを起こしている。とくに眼瞼痙攣は大脳基底核の傷害が示唆される。次に、瞳孔の光反射を調べると、右側の瞳孔の反射が迅速でしかも一定時間収縮を保持している。盲点検査は左側がやや大きい。眼底の静脈と動脈比を調べると左側で大きい。また右の軟口蓋の麻痺が見られる。以上の所見から、右の大脳半球の機能低下と右の大脳基底核の傷害が特定できる。

つぎ足歩行tandem gaitの検査は陽性。左側の回外回内の拮抗反復運動障害が認められる。指−鼻検査では左側が陽性。リバウンド検査左側陽性。どうやら左の小脳の機能低下がある。さらに、胸鎖関節と左側TMJのフィクセイションが認められる。また、副交感神経の機能低下を示唆する腹部の鼓音がある。左側ハムストリング筋がタイトである。

診断は左小脳の傷害、これに連結した右大脳と大脳基底核の傷害である。治療計画は左小脳の賦活と十分な燃料(とくに酸素)の供給。具体的な方法としては、左胸鎖関節のアジャスト、左TMJのモビリゼーション、左ハムストリング筋の速いストレッチである。この患者の場合、大脳基底核が疲労しているので過度の刺激は禁忌。このため、頚椎アジャストを避けるのが肝要である。第1回目の治療としてこれを行い、治療後つぎ足歩行検査をすると、異常は認められず、正常な歩行が出来るようになった。本人びっくり。

次回来院したとき、つぎ足歩行検査をすると若干戻ってグラグラする。治療後正常に。結局6回の治療を行い、全ての陽性反応が取れて患者は解放された。

この患者の場合、原因は左小脳であってサブラクセイションではない。サブラクセイションを矯正すればあとはケセラセラ…ではこうした難しいケースの患者に役立たないことは明瞭である。

患者からの礼状を紹介する。「祖父の初盆にお参りに来てくださった方から先生のことをお聞きしました。初めての治療で今まで病院でいろいろな検査をしてわからなかった原因がわかり驚きました。今まで足が悪いとばかり思っていたので原因が脳の働きの低下とは思いもよらないことでした。それから、治療を受けるごとにどんどん良くなって来て、たったの6回の治療でこんなに良くなるとは思いませんでした。先生に会えたことは私の身体を心配しながら亡くなった祖父からの最後のプレゼントだろうと思います。本当に、どうもありがとうございました」こうした礼状は嬉しいが、それより責任を果たせてほっとしている。

次に第2の症例。27歳の女性が来院。愁訴は複視double visionと左眼瞼下垂ptosisである。2000年1月にインフルエンザに罹った後ものが二重に見えるようになる。この状態が一時良くなるも8月になると複視が再発し左眼瞼の下垂を伴うようになる。病院の神経内科で検査を受けるも原因が見つからない。病院では重症筋無力症を疑ったようだが、検査では陽性の証拠が出てこなかった。当院でこの患者を検査すると、右眼の上斜筋の麻痺がある。左側の軟口蓋の麻痺、右側の回内回外の拮抗運動反復障害がある。頚椎1番の右側にフィクセイションがある。胸鎖関節にもフィクセイションが認められる。頚椎1番と胸鎖関節の矯正を行い、右小脳を賦活する各種の四肢テクニックを行う。治療数回で二重視は著しく改善してきた。眼瞼下垂は観察できないが、本人の証言では自動車の補助座席で前方を見ていると垂れてくると言う。下垂もあまり気にならなくなってきたと報告。ただ、テレビを見ていると複視がひどくなると言う。神経学セミナーのインストラクターに相談したら、オフィスで簡便に出来る重症筋無力症の診断法を教わったので、試してみるつもりだ。

以上、今回は二つの症例を紹介した。大事なの診断である。カイロプラクティックは元々身体全体を見るという視点を強調してきた。ところが実施の臨床では、症状と関連のある当該セグメントにだけ眼を奪われてきた。下肢に放散痛があればL5なのかS1かと問い、腰痛であれば、L2、L3、L4かと問う。手の第4指、第5指に痛みがあればC8かと診断する、肝臓の疾患であれば、T8前後、胆嚢の疾患であれば、T4前後と言った具合である。しかし、神経の発達は元々縦軸である。頭側−尾側、尾側−頭側の相互関係である。各種の受容器からの刺激が中枢神経に届き、中枢神経からの刺激が効果器に作用する。その作用の反応が受容器でまた中枢神経系に送られる。

神経系の縦軸のどこに傷害があるのか、実はこれが大問題なのである。純粋に末梢系の問題を思われるものでも、中枢の傷害の末梢的現象かもしれない。傷害が大脳皮質にあるのか大脳基底核なのか小脳なのか、それとも脳幹次元なのか、脊髄にあるのか。この特定が診断の要を占める。

従来、神経学検査や理学検査は病理を発見するもので、言わば西洋医学の専門医に紹介するだけの手段に過ぎなかった。しかし、カイロプラクティックの機能疾患を知る上で非常に重要な診断技術なのである。

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