Last update 03.7.9
カイロプラクティック神経学(8)
めまい Vertigo and Dizziness

(スパイナルコラム誌2001年7‐8月号)
増田 裕、DC、DACNB

回転性か非回転性か

今回はめまいについて論じてみたい。めまいの患者が来たらドクターがめまいがすると言われるくらい、この症状は扱うのが難しい。それだけに謎解きの面白さもある。従来のカイロプラクティックの診断学では手に負えない場合が多い。というのは、上部頚椎にせよ、下部頚椎あるいは脊椎の任意の部位にせよ、その関節機能障害(いわゆるサブラクセイション)と個々の患者のめまいとの関係がすっきり説明できないからである。ここでは、DDパーマーの教えの通り、「サブラクセイションは結果であって原因ではない」という定式を守って、原因である神経系の傷害とめまいとの関係を考えてみよう。

まず、めまいの鑑別診断の要諦は回転性か非回転性かを見極めることである。患者はめまいがするといって来院してくるが、めまいだけでは具体性がわからない。「ぐるぐる景色が回りますか?自分がぐるぐる回りますか?」それとも「何かふわふわ、ふらふらする感じがしますか?」と問診する必要がある。前者であれば回転性のめまいであり、病態生理学的に見ると、頭痛を伴うめまい、聴覚症状を伴うめまい、単発性のめまいの3種類がある。頭痛・めまい・嘔吐の3点セットのめまいは小脳出血やくも膜下出血と診断できるので即座に脳神経外科に送り込む必要がある。このように生命に危険があるのかないのか、その鑑別が出発点である。生命に危険がないめまいであると鑑別診断して初めて安心して患者に対応できる。非回転性のめまいも同様である。ふわふわとした浮動感を訴えるようだと危険信号である。とくに60歳を過ぎた高齢の方の浮動感は脳幹や小脳の血管障害(梗塞)の疑いが強いので脳神経外科などの専門医に診てもらう必要がある。ただし若年の患者の浮動感は起立性低血圧症などの自律神経の障害が原因である場合が多いので対処の仕方は変わってくる。

非回転性のめまいDizziness

これを確かめるには安静時の血圧と起立直後の血圧を比べるとよい。起立直後の血圧がかなり低下するようであれば、椎骨脳底動脈不全症などの脳幹血管障害が疑われる。CTやMRIなどの画像診断が必要である。したがって、浮動感のめまいを訴える高齢者の患者で起立性低血圧症が認められたら、即専門医に紹介するとよい。これは一刻を争う。しかし、若年の起立性低血圧症は自律神経の障害に基づく場合が多い。私はまだ生命に危険のあるめまいの患者さんを扱ったことがない。

<症例1>
65歳、女性、会社員。突然めまいが起こる。ふわふわとした浮動感である。病院で点滴を受ける。脳の画像診断では異常が認められない。その後軽い浮動感が続く。当院の患者である娘さんの紹介で来院。検査をすると、安静時の血圧は126/70 、起立直後の血圧は124/72、起立5分後の血圧は 132/70である。どうやら、脳幹血管障害の疑いは排除される。神経学的検査をすると、眼球運動や脳幹レベルに異常はない。ただし左大脳半球の機能低下が認められる。左脳を刺激する右側からのアジャストメントと頭蓋仙骨療法を行う。毎週1回の治療を10回続けて症状がとれる。

<症例2>
30歳、男性、大工。3年前に仕事で後頭部を強打。その2ヵ月後めまいを発症。病院でCTを撮るも異常なし。むち打ち症と診断される。1年後また同様の症状。その後またよくなるが、今回は3度目の発症である。特に吐気が強いのがこれまでと違う。病院で検査を受けるも異常が認められない。この患者のめまいはふらふら感である。頭がボーッとする。さらに右目の瞼が重い。画像診断で脳血管障害が認められない以上、機能的な神経傷害を疑う必要がありそうだ。観察では右目の眼瞼下垂は顕著でないが、本人に言わせると眼瞼が垂れ下がって視力が悪くなった感じがするという。両眼の瞳孔は散大しており、光がまぶしいという。ホルネル症候群ではない。だが右の動眼神経が関与している。

検査をすると、左の大脳半球の機能低下が認められた。盲点検査は右大、左軟口蓋麻痺、左外斜視、左眼底の静脈と動脈の比3:1など。また、胸鎖関節など胸郭の可動性の低下が見られた。また、左TMJの可動性が極端に悪い。

治療を行うと、呼吸が楽になり、右眼の重たい感じが改善される。その後治療を続けるが頭のボーッとした感じやふらふら感は改善しない。治療の途中で眼振性のめまいが起きた。従来にないめまいである。左に急速相の眼振である。右耳を暖め、右脳に刺激を与える治療行い、このめまいはすぐに改善した。このとき、表面的な左脳の低下から深層の右脳の問題が出てきたように思われた。複視の検査をすると、右下方で像が二重になる。右下直筋のごく軽い麻痺である。右の動眼神経核−右大脳の低下が考えられた。このため、左側から右の脳を刺激すると、即座に複視は改善され、頭の不快感も軽減した。その後食欲も戻りよく眠れるようになる。浮動感も改善。現在、左TMJの治療を続けている。どうやら、この左TMJの可動性低下が右脳の機能低下の原因らしい。昔からよく噛むと健康にいいと言われるが、唾液をよく分泌して消化を助けるだけでなく、咀嚼は脳に大きな刺激を与えて脳の働きを賦活するのである。また経過途中で血圧を測定すると、仰臥位128/55、立位125/90であった。立位で拡張期の高血圧が見られた。これが浮動感と関連するのか様子を見ている。

回転性のめまいVertigo
回転性のめまいがあるとすぐメニエールだと条件反射的にとらえられがちだが、メニエール病の罹病率はそれほど多くない。なんでも耳鼻科というのは困ったことである。前述したように、回転性のめまいには頭痛を伴うもの、聴覚症状を伴うもの、単発性のものの3種類がある。頭痛を伴うめまいは生命に危険のある<頭痛・めまい・嘔吐>の3点セットがある。頭痛といっても突然ガーンと来るもので脳の出血が原因である。迷わず脳神経外科に送り込まねばならない。もうひとつの型は生命に危険のない頭痛を伴うめまいであり、片頭痛性眩暈症と呼ばれる。これは片頭痛の既往歴か家族歴があり、突発的に起こる急性の症状である。持続性(1分から24時間)のめまいのあと、頭位性の短いめまいが数日から数週間持続する発作である。聴覚症状はなく、温度眼振反応は正常である。つまり、内耳に病理的問題はない。通常、ストレス、疲労、睡眠不足、アルコールで誘発されることが多い。内耳の機能的あるいは小脳ー大脳の機能の低下が原因であると思われる。

<症例3>
48歳、女性、主婦。ズキンズキンする頭痛とともに軽いめまいがある。眼振の方向は左である。左内耳の亢進が認められた。左の耳に30℃の水を入れると眼振は収まった。ストレス性のめまいである。

聴覚症状を伴うめまいにはメニエール、突発性難聴、神経血管圧迫症候群がある。メニエールはリンパ水腫が原因だから、めまいと耳鳴りが同時に起こる。1−2時間持続する。しばらくすると収まり、また症状が起こる。このようにめまいと耳鳴りが同期的かつ周期的に起こるのがメニエールの特徴である。この診断基準を満たさなければ、メニエールではない。原因はアレルギー反応か血管運動障害であるから、カイロプラクティックのケアの対象となる。しかし、速効性の観点から耳鼻科の専門医にまかせるのがよい。私はまだ真のメニエールの患者に会ったことはない。耳鼻科でメニエールだと言われたものの、めまいと耳鳴が同時に起こるという病態生理学を示していない症例ばかりである。次に、突発性難聴を伴うめまい。これは何らかの原因で蝸牛神経が損傷して聴覚が失われる場合である。当然、平衡感覚をつかさどる前庭神経も損傷を受けるわけで、難聴とめまいが同時に発症するが、前庭神経の機能は小脳が補完するので、時間の経過とともにめまいは消失する。しかし聴力は回復しない。この突発性難聴は風邪によるウィルス感染が原因の場合が多い。ところが、風邪にかかっていないにもかかわらず突発性難聴にかかっていたら、脳底動脈あるいはその分枝である前下小脳動脈の梗塞の可能性がある。最後の神経血管圧迫症候群は発作が短期間に起こる。1分以内。メニエールと比較すると、発作の期間が格段に短いのが特徴である。メニエールと間違えてはいけない。

単発性のめまい。これも何かがきっかけで起こる誘発型のめまいと何のきっかけもなく原因不明で起こる特発性のめまいに分けられる。誘発型で多いのは頭を動かしたときの頭位変換によるめまい、くびを動かしたときに起こる頚椎症のめまい、左上肢を動かしたときの鎖骨下動脈盗血現象によるめまいがある。頭位変換によるめまいも生命に危険のない良性と生命に危険のある悪性を鑑別診断しなくてはならない。良性の場合、頭を動かすと眼振が起こりめまいが生じるが、30秒と続かず、反復するにしたがって症状は軽減する。これに対して、悪性のめまいはある特定の姿勢をとると必ず症状が出るが、その姿勢をとらない限りめまいを起こさない、という特徴がある。脳幹か小脳の梗塞か腫瘍が原因である。前者の良性の場合、運動療法によって内耳の機能を強化する必要がある。くびを動かすと起こるめまいは頚椎症による椎骨動脈の圧迫狭窄である。左上肢を動かしたときに起こるめまいは左鎖骨下動脈の狭搾によって、左椎骨動脈から本来脳幹に行くべき血液を引き抜いてしまうために起こる現象である。いずれも手術の対象である。

特発性のめまいは原因が不明だから厄介である。何の誘因もない。しかし、次の2種類に分けられる。遷延性非定型めまいと一過性再現性めまい。前者は数時間から数週間にわたり延々と続くめまいである。後者は短いめまいが何回も何回も繰り返し起こる。遷延性非定型めまいは前庭神経炎と脳幹梗塞の2つの原因が考えられる。温度眼振反応があれば脳幹梗塞だし、温度眼振反応がなければ前庭神経は壊死しており前庭神経炎と判断できる。一過性再現性めまいは前庭神経−前庭核−視床−大脳皮質の通路で病理あるいは機能的な障害が起きたときに眼振性のめまいが生じる。それはてんかんや一過性虚血(TIA)のような病理も考えられるし、あるいは小脳―大脳の機能的解離で起こる場合もある。

<症例4>
31歳、女性、会社員。めまいが続くと数日寝込んでしまう。嘔吐が伴う。発症は1年半前から。めまいは断続的に起こる。病院で薬を処方されるも軽減せず。検査をすると、眼振は左の方向。右三半規管の機能低下がある。同時に右大脳の機能低下も見られる。右大脳を賦活する左側からのアジャストメントを行う。治療10回で完治。

<症例5>
27歳、男性、会社員。突然仕事中眼が回る。これで1年の間に3回目である。いつも決まって景色が右側にぐるぐる回る。検査をすると、左三半規管の低下が認められる。同時に左大脳の機能低下もある。左脳を賦活する右側からのアジャストメントを行い、治療数回で大幅に改善。精神的ストレスに加えて冷気で耳を冷やすことが原因かもしれない。

以上は植村研一著『頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ』医学書院刊をほぼ全面的に要約したものに自分の臨床報告を加えたものである。関心のある方は原著にあたっていただきたい。

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