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カイロプラクティック神経学(1)
痛みはどこから来るか?

(スパイナルコラム誌2000年5-6月号掲載)
増田 裕、DC

痛みはどこからやってくるのか? 痛みの発生源は何か? 痛みの元となる組織は何か? この点を考える上で面白い考察がある。The Orthopedics Clinics of North America誌の1991年4月号に掲載されたStephen Kuslich, MDらの論文である。題名は『腰痛と坐骨神経痛の組織源:局部麻酔による腰痛手術中に行った組織の刺激に対する痛みの反応についての報告』(The Tissue Origin of Low Back Pain and Sciatica: A Report of Pain Response to Tissue Stimulation During Operations on the Lumbar Spine Using Local Anesthesia.)である。

著者たちははミネソタ大学出身の整形外科医で局部麻酔を用いて700件以上の腰椎の手術を行っているが、手術中に腰椎の多様な関連組織を刺激して痛みがあるかどうかを観察した。それによると、_腰痛の最好発の組織部位は線維輪の外層である_神経根は痛みがない_ただし、炎症を起こしていたり伸張されていたり腫れていたりする神経根を刺激すると、坐骨神経痛(殿部と下肢の痛み)が生じる_椎間関節の関節包が腰痛を起こすことはめったにない、という知見が得られた。

まず刺激に対して痛みがあるかどうかは痛みの侵害受容器があるかどうかに依存する。この侵害受容器が刺激を受けて受容器電位を生じるとこの神経線維である無髄のC線維の活動電位が生じて痛みの刺激が神経を伝わる。著者たちの観察によると、椎間板の線維輪の外層に痛みの侵害情報を伝えるC線維が最も多く分布しており、予期に反して神経根や椎間関節には痛みの神経線維がほとんど分布していない、というわけである。ほかに侵害受容器の分布している組織は硬膜(神経根の袖)、後縦靱帯、黄色靭帯などである。神経根については、正常な状態では刺激で痛みはないが、圧迫によって腫張していたり炎症を起こしていたり、あるいは機械的圧力により牽引されていたりすると、刺激により坐骨神経痛が生じる。

ところで、線維輪の外層に分布する神経は椎骨洞神経sinuvertebral nerveという特異的な神経である。いったん椎間孔を出た脊髄神経から再度脊柱管に戻り線維輪や硬膜に分布する神経で、旧名では脊髄神経硬膜枝とも言う。これが腰痛と最も関連のある神経である。神経根の圧迫は腰痛ではなくむしろ殿部や下肢の坐骨神経痛(放散痛)と関連がある。

問題はどのようなメカニズムが働いて椎骨洞神経が刺激されるか?である。痛みは組織の損傷で生じる。組織の損傷には2種類ある。機械的要因と化学的要因である。機械的要因とは負荷が過大になる状態であり、化学的要因とは炎症反応が起きて炎症物質が侵害受容器を刺激する状態である。例えば、急性腰痛症(ギックリ腰)を考えてみよう。中腰でひねりを入れるような荷物の持ち上げで線維輪に断裂が生じて炎症が起こる。炎症物質が椎骨洞神経の終末を刺激するため激烈な痛みがある(化学的要因)。炎症が収まると痛みは軽減する。あるいは、腰椎のフィクセイションで線維輪に無理な負荷がかかる。このため痛みが生じる(機械的要因)。いずれにしても、これは神経根や末梢神経(椎骨洞神経)の圧迫によるものではない。

従来、西洋医学、カイロプラクティックを問わず、腰痛は神経根の圧迫が原因であると考えられてきた。しかし、近年の知見では、椎間板線維輪の外層の損傷が腰痛の最好発の原因と見られているのである。神経根の圧迫は腰痛より下肢痛、殿部痛と関連しており、オーストラリアの臨床解剖学者のバグドクBugdukは、神経根の圧迫が関与している腰痛の比率はせいぜい5%であると推定している。

神経根であれ末梢神経であれ、圧迫はあらゆる感覚線維に影響を及ぼす。神経は痛みの線維だけが走行しているのではない。このため、痛みだけでなくしびれや疼きなどの感覚異常も伴う。それだけではない。運動神経線維も圧迫の影響を受けるため、筋力の低下が認められる。臨床的に見ると、下肢や殿部に痛みだけがある場合、直ちに椎間板ヘルニアによる神経根圧迫と即断するわけにはいかない。下肢伸展挙上検査(SLR)などの整形学的検査や腱反射などの神経学的検査をしてみる必要がある。神経根圧迫を伴わない腰椎や仙骨の関節機能障害の場合でも殿部や鼠径部や下肢への関連痛が見られることも少なくないからである。

痛みが関与する組織は発生学的に皮節、椎節、筋節の3種類がある。いずれも体節から分化したものだ。皮節は神経根の分節状の支配であり、病理の視点では神経根の圧迫による放散痛と関連する。元々神経は外胚葉由来であり、上皮組織と発生学的に相同である。椎節は靱帯、硬膜、線維輪などの組織に分化し、椎節上の関連痛として発現する。仙腸関節の靱帯が損傷すれば下肢に関連痛が生じるわけだ。あるいは腰椎のサブラクセイションで線維輪が損傷すれば鼠径部、殿部、大腿などに関連痛が生じる。神経根が伸張されて後膜に緊張が生じれば、同様の症状が発現する。筋節は筋膜となり、トリガーポイント特有の痛覚点と関連痛を生む。こうした関連痛が生じるのは、成長してから遠く隔たったものの、発生学的に相同の組織であるからだ。

一口に神経圧迫といっても、神経根の圧迫なのか、末梢神経の走行中の筋膜や瘢痕組織による圧迫なのか、あるいは腫瘍や血腫やなんらかの塊による圧迫なのか、脊髄レベルでの圧迫なのかを鑑別しなくてはいけない。坐骨神経痛ならば、根性なのか非根性なのか。非根性なら梨状筋症候群なのか。あるいは圧迫でなければ、腰椎や仙腸関節のサブラクセイションなのか。あるいは殿筋のトリガーポイントなのか。次々と真犯人を求めて推理し確証していかなければならない。これが探偵たるドクターのプロのやり方である。金田一探偵物語に出てくるアホな警部になってはいけない。

ひとつ私のオフィスでの経験を報告しよう。55歳の男性が近所の奥さんの紹介で来院した。愁訴は右下肢痛である。痛みが出てから1年にもなる。右仙腸関節の部位から右殿部を通って右下肢後部を痛みが走行している。整形外科医で椎間板ヘルニアと診断され、病院で手術を受けるように勧められた。手術だけはいやだ、というので当オフィスに駆け込んできたというわけである。

神経学的検査は陰性、下肢伸展挙上検査などの整形学的検査も陰性。触診すると、右仙腸関節と腰椎4番にフィクセイションが認められる。どうやら椎節性の関連痛のようだ。神経根の圧迫による放散痛ではない。整形外科医はレントゲンの所見と症状から椎間板ヘルニアと診断したようだが、これほど手抜きの診断過程はあるまい。仙腸関節と腰椎のアジャストメントを行うと、はたして1回の治療で痛みが40%軽減、5回で半減、10数回の治療で100%解消した。多少時間がかかったが、個人差があるのでこうした場合もある。正しい診断をしていい結果を出すのはとても気持ちがよい。

痛みの症状がある場合、筋骨格系では発生学上のどの組織から痛みが来ているのかを考えると整理がしやすいし、臨床上も応用がきく。この患者の痛みは皮節、椎節、筋節のどの組織からきているのか? あるいは重複しているのか? 人によっては皮節、椎節、筋節の3種類の痛みが全部発現している場合もある。

このほか痛みには反射性交感神経ジストロフィー(RSD)のような灼熱感を伴う(伴わない場合もあるが)ひりひりした痛みがある。これは交感神経の亢進によってアドレナリンが副腎髄質から分泌され、痛みのα2受容器(アドレナリン作動性)を刺激するためである。交感神経の亢進に関与しているセグメント次元の椎骨をアジャストしたり、あるいはセグメント上位の中枢レベルの機能障害(交感神経の抑制低下)部位に対する刺激を加えたりして対処する。

最後に痛みを考える場合、内臓からの関連痛のことを忘れるわけにいかない。 腰痛や背痛の原因が胆嚢、肝臓、膵臓、腎臓、卵巣などの臓器の病理から来ている可能性があるので、この点を排除しておかなくてはならない。最近オフィスにきた患者を例にとろう。41歳の女性である。愁訴は肩甲骨の間のひどい痛み。胸椎と後方肋骨を矯正して痛みは和らぐが、最初の検査のときから胆嚢の反応がある。もともとの原因は胆嚢の炎症にあるように思われる。胆嚢に問題があると右肩に症状が出ることがあるからだ。 このため胆嚢の矯正を行いながら治療を続けてきたのだが、今ひとつ患者にエネルギーがみなぎるまでに回復しない。そこで抗炎症作用のある健康食品を摂ることを懇々と勧め、納得して摂取してもらうと、はたして体調が著しく改善した。

次回は、組織の損傷がないのに痛みのある患者の例をとろう。幻覚痛phantom painとか異痛症allodyniaとか中枢痛central painとか呼ばれるものである。これは十分カイロプラクティックのケアの範疇に入るものである。

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